2019年12月09日

ホタテツノハゼ

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我々ダイバーにはおなじみの人気種?ホタテツノハゼに学名が付いた。(以下ホタテと略す)
南紀でも出現すると写真を撮りたい人はたくさんいる。時には水中で順番待ちになるほど。でも、最初の人が巣穴に引っ込めてしまい2番目でも撮影できないことが多いのが難点だ。それだけに鰭を大きく広げた写真が一度で何枚も撮れた時はうれしい。そんな魚である。
ホタテツノハゼが*最初に見つかったのは和歌山県の田辺湾、もうずーっと昔の1973年の話。しかし、このころから徐々に増え始めたレジャーダイバー人口も、砂地の海底で小さな魚を観察するというようなスタイルにはまだ至らず、みなホタテなんて知らない・・・・。この傾向は80年代後半まで続くのだ。
逆から考えると、よくそんな時代にあのシャイなホタテが見つかり採集されたもんだと思う。
*(この時、学術的に記載されたわけではなく、こんな魚がいた。標本も採った。今後ちゃんと記載しなくちゃね。でも便宜上、和名は付けとくよ。 という報告であった)

90年代に入ると、出版される図鑑にホタテの綺麗な生態写真が載るようになった。それを見て知ってしまうと実際に見たくなるというものだ。時を同じくして水中でも一眼レフカメラで撮影する人が一気に増え、ホタテはそのターゲットに。このころにはガイドダイバーもよく勉強している人が増え始め、ホタテの居場所を知っていて教えてくれるようになった。
2001年、ホタテにライバル的人気のヤシャハゼに学名が付いた。そう、ヤシャも長いこと名前(学名)がなかったのだ。その名前は yasha なんと日本語でそのままだった。このような例は別に珍しくないが、日本人以外には何のことだかわからないだろう。
となると、ホタテももしかして hotate とか付くのか?? いや、やはり人名で発見者(日本人)に捧げられるか? などとその当時思いはしたが、ホタテにはその時がなかなか来なかった。
そして今年、とうとうその時が来たのだった。 emilyae と付けられたその学名は、エミリーさん(女性)に捧げられた名前だ。自分はてっきり日本の研究者(ハゼ科で有名な先生)が(日本の標本で)つけるものだと(勝手に)思っていたから意外な感じだった・・・・。まあ、そのうち慣れるだろう。和名が変わることは無いと思うし。



以下、ちょっとまとめ
1973年 未知のハゼ採集
1975年〜 (和名)ホタテツノハゼ 
1988年〜 Flabelligobius sp (新属)ホタテツノハゼ属の1種 
2007年〜 Tomiyamichthys sp  オニハゼ属の1種に変更 
2019年〜 Tomiyamichthys emilyae インドネシア産の標本を根拠に記載 



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posted by anthias at 07:33| 魚の話